写真: Bolesch世界のゲストを友としてクロイツベルグに:ストリート・サッカー

世界のゲストを友としてクロイツベルグに:ストリートフットボール・ワールドカップ開会

2006年7月3日 (月曜日)

「大ワールドカップ」がその最終決定の週を迎えるかたわらで、今、ベルリンのクロイツベルグ地区でも選手権を巡って試合が行われる:7月1日にこの地で第一回ストリートフットボール・ワールドカップが開幕。

ストリートフットボール・ワールドカップが、フランク=ヴァルター・シュタインマイアー連邦外務大臣、ヨーゼフ S. ブラッターFifa会長、そしてベルリン市のクラウス・ヴォーヴェライト市長によって開会されました。このトーナメントをシュタインマイアー連邦外務大臣は、民族純血主義と人種差別に反対するプロジェクトと名づけました。
 
モットー:平和と民族間理解のためのサッカー
 
この意味においてクラウス・ヴォーヴェライト市長も、クロイツベルグのマリアンネンプラッツのボルツプラッツ・スタジアムに集まった観衆に向けて歓迎の挨拶をしました。:「FIFA ワールドカップ2006の枠内でこのストリートフットボール・ワールドカップが開催されることを嬉しく思います。サッカーが民族を結びつけるものであって欲しいものです。私達が一緒に平和にかつ寛容に共生できて始めて、未来があるのです。」
 
ストリートフットボール・ワールド06
 
写真ストリートフットボール・ワールド・フェスティバル06のルーツは、コロンビアのメデリンに発します。その地で1994年にコロンビアの国代表選手であったアンドレス・エスコバーが射殺されたのです。この犯行に深い印象を受けて、当時地元のアンティオキア大学の客員講師であったユルゲン・グリースベックが、プロジェクト「フットボル・ポル・ラ・パース(平和のためのサッカー)」を創始しました。サッカーの力によって、暴力・麻薬・貧困の悪循環の輪を断ち切ろうというものでした。これがストリートフットボール・ワールドの設立の礎石となりました。
 
ストリートフットボール・ワールド・フェスティバル06は意識的にアンドレス・エスコバーの12年忌の命日に開催されました。このフェスティバルは1週間にわたって開催され、7月8日に最初のストリートフットボール世界選手権タイトルの授与をもって終了します。勝者はトロフィーを自らのサッカープロジェクトの地に持って帰れます。4年後、南アフリカで第二回ストリートフットボール・ワールドカップが開催されます。 

コパ・アンドレス・エスコバー(アンドレス・エスコバー杯)
 
コロンビアのストリートフットボール・チームが開会式において、コロンビアの芸術家ヴァルター・テロによりデザインされたトロフィーを披露しました。心臓の上に置かれた右手、伸ばした手の中に持たれたボール、そして口ずさまれるコロンビア国歌:これによりこの青銅像は、弱冠27歳で殺されたサッカー選手に栄誉を与えています。「アンドレス・エスコバーはコロンビアでは忘れられることは決してありません。このフェスティバル06によって、彼は世界中の人々の記憶に残るでしょう」と、芸術家は語っています。
 
パラグアイ対バルカンの開幕試合キックオフの前に、ドイツ・アルゼンチン混成のムルガ(ダンス・ミュージック)が、これから始まる試合へと観衆のムードを盛り上げました。ブエノスアイレスに源を発する貧者の舞踏がその際に、ストリートフットボールに並んで、諸文化間の対話の中心的要素となります。7月8日の決勝戦の際には、このドイツ・アルゼンチン混成ムルガは、全参加国チームの参加者をまじえて、国際ムルガとなります。


ストリート・サッカー文化